東京高等裁判所 昭和49年(ネ)2551号 判決 1975年5月19日
控訴人 町河正光
右訴訟代理人弁護士 宮里邦雄
被控訴人 中村清八
右訴訟代理人弁護士 並木俊守
介川紘輝
主文
一、本件控訴を棄却する。
二、原判決書・別紙物件目録の四行目ないし一〇行目を左記のとおり更正する。
記
昭島市中神町字中新畑一、一六七番地四
一、軽量鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺平家建事務所 一棟
(家屋番号一一六七番四)
床面積 一九・八七平方メートル
一、軽量鉄骨造亜鉛メッキ鋼板ビニール板葺平家建作業所 一棟
(附属建物符号1)
床面積 九三・五七平方メートル
一、木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建事務所 一棟
(附属建物符号2)
床面積 九・九三平方メートル
三、控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、原判決のうち控訴人敗訴部分を取り消したうえ、被控訴人の請求を棄却して、訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人に負担させる旨の判決を、被控訴代理人は、控訴棄却の判決をそれぞれ求めた。
当事者双方の事実上および法律上の主張ならびに証拠の関係は、次に付加・訂正するほか、原判決書の事実欄に記載されているのと同じであるから、これを引用する。
(被控訴人の主張)
一、本件賃貸借契約の成立した日は昭和四四年一月頃である。
二、被控訴人は、主位的には、本件土地(前記引用にかかる原判決における略称)の賃貸借契約に付せられた「被控訴人より請求あり次第直ちに明け渡す」旨の特約にもとづき、本訴請求をするのであり、予備的に民法六一七条一項一号にもとづく解約申入による賃貸借契約の終了を原因として、本訴請求をする。
三、(イ) (控訴人の後記当審における主張第二項について) 同主張事実を否認する。
(ロ) (同第三項について) 本件地上に最初に建物が建築されたのは、昭和四五年三月頃である。その他、本件地上の建物の建築時期は登記簿謄本に記載のとおりである。
(ハ) (同第四項について) 控訴人主張の水道工事は被控訴人のまったく関知しないところであるのみならず、水道施設の承認と建物建築の承諾とは必ずしも結びつかない。
(控訴人の主張)
一、被控訴人の前記当審における主張第一項の事実は認める。
二、本件土地の賃貸借は、控訴人において中古自動車の修理販売業を営むためにされたのであり、そのため必要不可欠な修理工場、事務所などの建物を本件土地の上に建築所有することも当然右賃貸借の目的に含まれていたのである。したがって、本件賃貸借契約には借地法の適用がある。
三、被控訴人が本件土地の上に、最初に建物を建てたのは、昭和四四年一月二〇日頃であり、その建物は木造平家建トタン葺床面積一五平方メートルのものであって、これを修理工場として使用したが、その後同建物の一部を取り壊したうえ、昭和四六年六月に改造したのが現在使用中の修理工場(本判決主文第二項のうち第二番目の付属建物)である。また昭和四四年三月頃事務所を建築し、同四五年三月には事務所(本判決主文第二項のうち第三番目の付属建物)を建築し、さらに昭和四七年一月には事務所(本判決主文第二項のうち第一番目の建物)を建築してきた。この間、右建物建築について、被控訴人から異議を述べられたことは一度もない。
四、被控訴人において、控訴人が本件賃借地上の建物に水道を引くための工事申込に地主として承諾していることも、本件賃貸借が建物所有を目的とすることの一証左である。
(証拠の関係)≪省略≫
理由
一、被控訴人が昭和四四年一月頃控訴人に対し本件土地を賃料一か月一万円の約定で賃貸したことおよび控訴人が同地上に本件家屋(原判決における略称)を建築所有していることは当事者間に争いがない。
≪証拠省略≫によると、控訴人は八王子市内で中古自動車の修理販売を業としているものであるが、中古自動車の置場として使用する目的をもって被控訴人(直接契約締結の衝にあたったのはその代理人たる妻中村リン)よりその了解のもとに本件土地を賃借したのであり、賃貸借期間の定めがなかったことが認められる。
被控訴人は、右賃貸借には賃貸土地上に建物をいっさい建てないことおよび賃貸人より請求あり次第直ちに賃貸土地を明け渡すとの特約が付されていたと主張するので審案するのに、原審証人中村リンの証言中には、同人が本件賃貸借契約の衝にあたって右主張のとおりの特約をしたとする供述部分があるが、同証言によっても本件賃貸借については契約書が作成されていないところ、同主張のような厳しい条件は通常書面によって確約されるであろうのにそのことがなく、しかも本件賃貸借の目的が前示のとおり本件土地を中古自動車の置場として利用する以上、同自動車の管理等のための仮設建物の設置を必要とすることは当然に予想されることであり、また後に認定するとおり本件賃貸借成立直後控訴人が本件土地の上に仮設建物を設置するなどの設備投資をしたのを被控訴人において黙認していたことからすると、右証人中村リンの前記供述部分は、要するに、本件賃貸借契約が建物所有を目的としない土地の賃貸借であることを強調し、いつでも解約できる性質のものである趣旨を意味するにすぎないと解され、さらに≪証拠省略≫中にも右証人中村リンの証言に符合する部分があるが、それはいずれも被控訴人ないし右中村リンよりの伝聞にもとづくものであって採用しがたく、他に前記被控訴人の主張を認めうる証拠はない。
右認定の事実によると、本件賃貸借契約に被控訴人より請求あり次第控訴人は直ちに本件土地を明け渡す旨の特約が存在したことを前提とする被控訴人の主位的主張は失当たるを免れない。
二、次に被控訴人の予備的主張について判断する。
控訴人は、本件土地の賃貸借は、中古自動車の修理販売業を営むためにされたのであり、そのため必要不可欠な修理工場、事務所などの建物を本件土地の上に建築所有することも当然右賃貸借の目的に含まれていたと抗争し、≪証拠省略≫中にはこれにそう供述部分があるが、本件土地の賃貸借契約が中古自動車を販売するための商品置場として使用する目的でなされたものであることは前示のとおりであるのみならず、次に認定のとおり控訴人が本件土地上に仮設建物その他の設備をして中古自動車販売業を同土地上で開始継続してきており、被控訴人もこれを黙認してきていることからも明らかであるけれども、他面において、同じく後に認定のとおり控訴人が本件土地上に展示する中古自動車管理のための仮設建物一棟のほかに二棟の建物(本件家屋)を建築したのは、少なくとも本件賃貸借成立後より二年五か月余を経て、被控訴人より契約の解約の申入をした昭和四六年五月末頃以降であり、そのほか本件土地の賃貸借にあたり、前示のとおり契約書の作成交換がないのみならず、同賃貸借の締結にあたり、通常の賃貸借においてみられる権利金、敷金ないし保証金の授受のされたことを認めうる証拠のない本件においては、控訴人の内心的願望は格別、被控訴人(ないしその代理人中村リン)において、控訴人が本件土地を利用して自動車修理業を営み、同土地上にそのための修理工場、事務所など通常の規模構造をもつ建物を建築することを明示的にはもとより黙示的にも容認したとは認められず、この点に関する前記控訴本人尋問の各結果はいずれも採用することができない。
もっとも、≪証拠省略≫を総合すると、控訴人は本件土地を賃借して間もない昭和四四年一月下旬同地上に木造平家建トタン葺床面積一五平方メートル程度の掘立小屋風の仮設建物を建て、これに電燈の配線をして自動車置場の管理事務所に充て、ついで同年三月頃には右建物を取り壊してプレハブの仮設建物を建て、所要の手続を経て給水装置をし、その状態がともかく後述のとおり被控訴人が本件土地の明渡請求をしたとみられる昭和四六年五月末頃(賃貸借開始より約二年五か月間)まで続き、被控訴人およびその家族は右の状態を終始知っていたことが認められる。≪証拠判断省略≫
右認定の事実によると、被控訴人は本件土地を控訴人において中古自動車の販売業務を行うため、とくに展示中の自動車の管理等のための仮設建物を設置し、これに配電、給水の施設をするなど最少限度の設備をするのを黙認していたものと認めるのが相当ではあるけれども、そのことはあくまでも本来の賃貸借の目的に附随する最少限度の設備設置を容認していたにとどまり、その目的を超え建物所有を目的とすることを容認したものとはいえず、もとより当初から本件賃貸借が建物所有を目的とするものであったと認めるべき事情とみる余地はない。また右給水装置新設工事を控訴人が所轄公署に申込をするにあたって、被控訴人がその申込書に任意に署名押印をして控訴人に協力したか否について争いがあるが、仮に被控訴人より右協力があったとしても、前示認定に照らすときは、それによって被控訴人が本件地上に通常の建物を建築することを承諾したものと認定することはできない。
してみれば、本件土地の賃貸借が借地法の適用のある建物の所有を目的とするものであるとの控訴人の主張は採用のかぎりでなく、右賃貸借には民法六一七条一項一号が適用されるというべきである。
ところで、原審証人中村リンの証言によると、被控訴人の代理人たる中村リンが昭和四六年春頃控訴人に対し口頭で本件賃貸借解約の申し入れをしたことが認められるので、右申入は遅くとも同年五月末日までになされたものと推認するのが相当であるから同日より一年を経過した昭和四七年五月末日の経過とともに右賃貸借契約は終了したものというべきである。そうすると、控訴人は被控訴人に対し本件家屋を収去して本件土地を明け渡すべき義務があるといわねばならない。
被控訴人は右に附帯して、昭和四六年四月一日より右明渡ずみにいたるまでの一か月五〇万円の割合による賃料相当の損害金を請求しているが、その趣旨は、賃貸借終了時期が右期日より後であれば、それ以前の賃料を請求しているものと解されるから、控訴人は被控訴人に対し昭和四六年四月一日より同四七年五月末日までは一か月一万円の割合による約定賃料を、同年六月一日より右明渡ずみにいたるまでは同約定賃料額相当の損害金を支払う義務があるものといわなければならない。上記認定の事実関係からすれば、右明渡遅延による損害の額は、右約定賃料額をもって相当と判断できるが、これを超える損害の額に関する被控訴人の主張は立証を欠き、採用できない。
三、よって、被控訴人の本訴請求を右の限度で認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないのでこれを棄却し、なお、原判決書、別紙物件目録の四行目ないし一〇行目の記載に明らかな誤りがあるので、これを主文第二項に掲記するとおり更正し(当庁昭和五〇年(ウ)第七五号)控訴費用は敗訴当事者たる控訴人に負担させることとし、主文のとおり判決する。
(裁判長判事 畔上英治 判事 安倍正三 岡垣学)